言えなかったピーマン

こういう仕事をしていると、元々飲食に関わる経験が長い人だと思われがちなのですが、基本的にはずっと、まったく飲食と関係のない会社勤めをしていました。

大学を卒業してからはSE(システムエンジニア)として働いていて、IT業界は忙しそうなイメージですが、多分実際にものすごく忙しかった。その頃はそれが当たり前と思っていたので実感があまりなく、辞めてから別の職場で働いたら、まるで異世界のように時間の流れが違って衝撃的でした。

SE時代は勤務時間がフレックス制でもあったので、ある程度計画的に仕事を進めることは可能だったけれど、基本的には帰りも遅く、夜ご飯は外で済ませることも多い毎日。

当時住んでいた東京の最寄駅には夜遅い時間も営業していたのが小さなチェーン店の町中華だけで、必然的に割と頻繁に通うようになりました。

そのお店のあっさりした塩やきそばが好きでよく頼んでいたのですが、当時ピーマンが苦手で、とても失礼ながら毎回避けて食べていたら、ホールを仕切る外国人のおばちゃんが片言で「ピーマン、アオノリ、ヌク?」と聞いてくれて、うんうん、と頷いて以来、私には特製焼きそばが自動的に運ばれてくるようになりました。

しかしながら大人になると急に味覚は変わるのか、とあるお店でものすごく美味しい青椒肉絲に出会い、突然ピーマンが大好物となってしまった私は、(今さらおばちゃんにピーマン入れて欲しいなんて言えない・・)と幼稚じみた好き嫌いをとても後悔しつつ、好物の入っていない特製やきそばをその後もありがたく食べ続けました。

料理の勉強がしたくてSEを辞めてからはそのお店に寄ることもなくなり、ふと数ヶ月ぶりに立ち寄ってみたらお店を仕切る方々が変わっていて、無事ピーマンの入った通常の塩やきそばを食べられたのですが、それはそれでなんだか寂しく、これなんだけど、これじゃないんだよな・・と、とても複雑かつ我儘な気持ちでお店を後にした切ない思い出。

あのおばちゃんと、ピーマン好きになった喜びを共有するべきだった。うまく伝えることができていたら、きっと「ピーマン、イルンダヨ!!!」と厨房に向けて毎回叫んでくれた気がする。


葉山のお店を始めた当初は、珈琲のご注文には最初から砂糖とミルクを添えていましたが、しばらくするうちに、珈琲の飲み方は決まっている方が多いと感じて、砂糖とミルクをお使いになるか事前にお尋ねする方式に変えました。

昔も今も通ってくださる方が多いので自然と皆さんのお好みを把握していくことになり、お尋ねすることなくご提供することの方が多くなります。(キャパオーバーになると間違いのないよう確認させていただくこともあります…)

ご近所の方で健康上の理由から砂糖を摂らない方がいて、お飲み物にはいつも砂糖は添えずにお出ししていたのですが、ある時「今日はなんだか疲れていてね、ちょっとだけ・・」とお連れの方に添えた砂糖をお使いになっていたことがありました。

長年通ってくださっている方は特に、何も声高に主張されない穏やかな方ばかりなので、いつもと同じように、ということが逆に窮屈にならなければいいなと思ったりもします。いつもとは違うリクエストでも、どうぞ遠慮なくお申し付けください。「ブラックで珈琲飲めるようになりました」とお好みの変化を教えてくださる方がいるのもとても嬉しいです。